2009年11月28日土曜日

岩崎弥太郎の生い立ちは

岩崎弥太郎(1834から1885年)は現在の大企業、三菱グループの創始者で有名な人物です。三菱グループの創始者である事は知っていても、高知県安芸市出身で坂本龍馬と関係が有ったと言う事は意外にも知っている人はあまりいないのではないでしょうか。

その岩崎弥太郎の生誕の地である高知県安芸市には、生家が今でも大切に保存されていて一般公開もされているそうです。

その岩崎弥太郎ですが、1834年(天保5年)にその時は地下浪人であった岩崎弥次郎の長男として産まれました。弥太郎はその奇才ぶりを最大限に発揮していた様で、10数歳で漢詩を他人に献じたり、書を講じたりしていました。その秀才ぶりが第13代土佐藩主である山内豊照に認められたそうです。この時弥太郎はわずか14歳と言う幼さでした。

しかし、そんな秀才ぶりも何処へやら、幼い頃には畑などを荒らしたりして周囲を困らせるかなりの悪ガキであった様です。

そんな弥太郎がどう思いを巡らせていたのか、21歳の時に江戸に単身で遊学に行く事になりました。江戸で一生懸命勉学に励んでいた様ですが、1年経ったある日、自分の父親が投獄されている事、その理由が酒席での喧嘩が原因だったと言う事を知り、高知に帰り父親の免罪を訴えました。しかし逆にその事が原因で弥太郎自身も投獄されてしまい、村を追放されることになったのです。と言う様な波乱万丈な人生の幕開けが、岩崎弥太郎の生い立ちです。その後にも色々な業績を残す事になります。

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